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【人生ほど重いパンチはない:002 再掲出】野村監督、米長名人が残してくれた言葉の中から!

どうも「映画/健康雑談」の高岡です。還暦+1です。

前回のブログでは「ロッキー・ザ・ファイナル」という映画の中でロッキーが息子のロバートに「人生ほど重いパンチはない」と説いているシーンがあることをお伝えしました。「人生ほど重いパンチはない」は確かにそうなのかもしれません。日本でも確かに徳川家康が「人生は重い荷を背負いて往くが如し」という言葉を残していますしね。共通しているのはやはり「人生は重い」ものなのだということです!!

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上記フォトはPixabayからの画像になります。

大リーグで、活躍中、あるいは過去に活躍をした選手の選手生活を見てみると「野球人生」を軽くスイスイと渡り歩けるような時期は決して長いとは言えず、不運にも「怪我」などをしてしまうと、それまでと同様の活躍が出来なくなってしまい、最悪は「引退」せざるをえないということもあり得る訳です。ある意味、油断の出来ない野球界、イヤ、野球界ばかりではなくそれこそ「プロ」と名のつくスポーツの世界で生きている選手たちは「怪我」をしないように全員が「油断の出来ない環境」の中で切磋琢磨しながら前進している訳です。

今日は長く野球界で活躍なされた故・野村克也氏と将棋の世界で活躍された故・米長邦雄名人というお二人の数多くの言葉の中から「夢追い人たち」に聞いて頂きたい言葉をお送りします!!

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hudsoncraftedによるPixabayからの画像

以下は野村克也氏が阪神タイガースの監督時代に将棋の永世棋聖であられる米長邦雄氏との対談した際の模様を本にした『一流になる人 二流でおわる人』(致知出版;1999刊)の中で野村氏が語っている言葉からの抜粋になります!

一つの道で一流になろうとするなら

好きというのは必須条件でしょう(中略)

私も自分のこれまでを振り返って、

本当に野球が好きなのだな、とつくづく

思います(中略)

好きなものにできるだけ早くめぐり合う。人生でこんな幸せなことはないかもしれません。好きならば、いくらでも打ち込むことができます。

 

確かに野村監督が仰っていることに素直に頷いてしまいます。私ごとで恐縮ですが、自分もやはり「英語が好き、映画・映像が好き」という気持ちがあり、その「好きなこと」のためであれば何でも出来た・やれたということはあったと思います。さらに野村監督は以下のようにも仰っています。

 

プロに入ってみると、私の肩の強さなどは並以下でしかないことを思いしらされました(略)私は肩の強化に励みました。肉体の鍛錬強化は、それがどんなものであれ、苦しくないはずがありません。やれば確かな手答えがあります。それは感動です。感動がさらに肩を鍛える励みになります。そうなると、苦しみは苦しみではなく快楽

になります。

 

「プロの世界に入る」ということは「その分野の専門家」の集団の中に放り込まれるということです。甲子園、大学野球、社会人野球という「野球の世界」の選ばれた選手ばかりがいる訳ですから「並」のレベルでは「頭角」をあらわせられないという厳しい現実と対峙しながらサバイブしていくわけです。「野球界」「サッカー界」「相撲界」どの世界でもそうだと思います、本当に厳しい世界でしょう。この困難に耐えていくには、やはり自分の気持ちの根底に「これが好きなんだ~!」というものがなければ、こらえきれなくなると思います。故・野村監督はこの「点」に関して以下のように述べられています。

 

私なら野球漬け、若いころの一時期、自分が好きな対象に溺れるほどに熱中するのは絶対に必要なことです。その中でカンであれ何であれ一流の基礎が養われるのです。

そして、この本の対談相手である故・米長邦雄名人も同書の中で以下のように仰っています。

 

若いときに自分が目指すものに溺れるほどに打ち込んで、情熱を燃やすことが大切です

 

また故・米長邦雄名人はNHKの「あの人にあいたい」という番組の最後に以下のようなコメントも残されています。

 

いちばん いけないのは

やりたいことがやれない人生(略)

教科書どおりの人生 

そんなつまらないものはない

【人生ほど重いパンチはない:003再掲出】へ続く!