どうも「映画/健康雑談」の高岡です!還暦+2です!
最近ではあまり「年の始まり」の際に「一年の計は元旦にあり」って言わないような気がしますが、昭和の時代の方がこの言葉使っていたような?
「今日から始まる一年間の計画は元旦に立てるようにしましょう!」というのが、この言葉の本来の意味のようですね。
私の場合、母から違う意味で教わっていたので、ずっとそれを信じてきてしまいました。
母は、この言葉の意味を「元旦は、これから始まる一年の象徴のような日なの。だから、出来る限り穏やかな日になるように、体の調子を整えて、気持ち豊かに過ごしましょうね!」と言っていました。
幼い私は「そうか。元旦は嫌なことを起こさないように、出来るだけ笑える日にした方がいいんだ!」と思っていました。
母からそのように教わっていた私にとって「元旦」は、一年間、無事に過ごせるように大過なく過ごす日だと思っていたので、心豊かに穏やかに過ごしたいなぁと思ってしまいます。
「元旦とは、これから始まる一年の象徴のような日である。」
ただ今年に限って言えば、母が言っていた上の意味合いがどうも当てはまっているような気がしてなりません。それはやはり「元旦」だというのに16時10分、石川県の能登半島を震源地とするマグニチュード7,震度7の大きな地震が起きてしまったので・・。
その後、今年は、さまざまな場所で大きい地震が起きており、つい先日も「宮崎」に大きな地震が起きてからは、日々「南海トラフ」と関連が有りや無しやという事で「巨大地震注意報」が出されたりして、やはり今年ならではのことが頻発しています。
昭和の時代、私が幼い日々に過ごしていた「お正月」はもっと静かで穏やかで笑顔が今よりも多かった気がします。PC、インターネット、AIなんて存在しない世の中だったけれど「昭和のお正月」とても素敵でした。
これだけ各所で地震が発生するわけですから「やはり、普段から備えるようにはしておかなければいけない」んですね、きっと。小さな島国、日本に生まれてしまったからには、乗り越えていかなければならない宿命なのですね、日本人として・・・・。
こんなに暑い夏なのに、地震で「エアコン」が効かなくなってしまったご家庭の皆さんのことを考えると、本当に気の毒だと思います。真剣に考えれば考えるほど無力感にさいなまれてしまいます。「頑張ってください!」としか言えない歯がゆさを感じます。
一日も早く「以前通りの生活」「平時への復興・回復する」ことを遠い空の下から、ただ、ただ、ひたすらお祈りしております。
私は、今後何があるか分からないので、とりあえず、「水」だけは備蓄したのですが、食べ物の備えが出来ていません。今、3.11後の電気が自由に使えなかった日々があったことを思い出そうとしているのですが、遠い記憶になってしまい、準備すべきことがあいまいになってしまっています。
懐中電灯は暗い中でも、すぐに分かるように取っ手の部分に「暗闇で光る蛍光塗料が塗ってあるガムテープみたいなやつ」を貼ってあります!!
昭和からある言葉「天災は忘れたころにやってくる!」ですが、もっとしっかりと肝に銘じて、備えるべきものをしっかりと備えるようにしなければ!!