どうも「映画/健康雑談」の高岡です!還暦+3です!
昨年の秋に母が亡くなりました。89歳でした。58年前に母は40歳で「大腸がん」になり、当時はまだまだ「癌・がん」は恐い病気で「本人への告知」を行うべきかどうか、担当医師から打診がありました。私と母の妹二人と話し合って母には「癌」ではなく他の病気であると伝えて手術に臨みました。8時間にも及ぶ手術となりました。

母の手術の内容は、大腸がんの部分を切除して、腸を伸ばして、正常なところ同士で繋げるというものでした。しかしながら、その最初の手術で繋げた部分がお腹の中でくっ付いてしまい「腸閉塞」の状態になってしまいました。それゆえ、数日後、また8時間に及ぶ手術を行いました。
まあ、元々の病気が「大腸がん」でしたので、先生から「5年間、様子をみてください」と言われました。5年間再発が起きなければ「完治」ということになりますとの事でした。
母は8時間におよぶ手術を2回したことにより、病院から退院した後も、固形物をだいぶ長い間、摂取することが出来ませんでした。母は、瘦せ細り、そして、2年間は床に伏せることになりました。
当時、私は大学を卒業して、第一希望だった会社に入社出来たのですが、その会社は株式上場に向けて、社員一丸となってばりばり働いており、昭和の時代の真っただ中でしたから土日もがんがん仕事をこなす社員が多数おりました。これでは母の看病をみることが出来ないと思ったのと第一志望で入った筈の会社だったのですが、自分の将来やりたい仕事とのズレを感じていたこともあり、母の看病と自分のやりたい仕事を目指すことを目標に据えて数年間生過ごすことに決めて、その会社を退社しました。それから、数年後、私は幸運にも映画業界に入ることが出来ました。
母の「大腸がんの再発がなければ完治」と言われていた5年目も、何事もなく、無事に過ごすことが出来、母の癌は完治という事になりました。
「がん」になる前、母は魚を焼く時、いつも丸焦げになるまで焼いていました。本人は「しっかり焼かないとね」と言っていましたが、どうみても焼き過ぎ状態でした。やはり焦げているものは「がん」の原因になるというのは本当なのだなぁと認識しました。
母の固くて消化の悪いものは食べることが出来ないという状態は10数年は続いたと思います。そして、50代後半になってようやく自分の食べたいものが食べられるようになってきました。ですから本当に久しぶりに「らーめん」が食べられた時は、本当に嬉しそうでした。
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母の存在が私の離婚の原因の一つとはなりました。でも、母子家庭という家庭環境では二人三脚で人生を歩んでいた時期も長い訳で「ハイ、結婚したから、かあさん、完全にバイバイねぇ~」という訳には、なかなか、行かなかったですねぇ。この辺のことは、いつかお話する時があったらお話ししましょう。
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母は、亡くなる前の数年間、養護施設で過ごしました。養護施設というのは、他に入居している方々もいて、ご飯も食堂に集まって食べるので、一人でアパートでじっとしているよりも良かったようで、養護施設に入って、体が完全に弱る迄は、アパートにいた時よりも母の気持ちは明るくなっていたように思います。「完全に弱る」とは、母は認知症になっていましたので、最後の方は、簡単な計算が出来なくなり、何とか自分の誕生日は覚えていましたが、私の誕生日は完全に忘れてしまっていました。
「認知症」が恐いなぁと思ったのは、その行きついた最後の段階でした。「人間は食べるという行為すら忘れてしまう」ということでした。口にものをいれる、よく噛んで、そして、飲み込む。この行為すら忘れてしまうというのです。ものが食べられないのであれば、体は弱り、行くつくところは・・・・。
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養護施設に入る前、母は私の住む町の隣町のアパートに一人で暮らしていました。母が60代なかばになった頃には買い物が難しくなり、私が仕事休みの土日のどちらかに母と一緒に大きなスーパーに出かけて行き一週間分の買い物をするということになりました。これが結婚相手である妻には気にくわなかったようで。
そうは言っても、母も買い込みをしておかないと生活が出来なくなってしまうわけで・・・。この買い物を一緒に行くという行為はかなり長い間続く事になりました。
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母親が亡くなって一年経ちます。その前に数年間、母は施設におりました。ですから、一緒に買い物にいくこともなくなっていたにも関わらず、それが今でもふとした瞬間に「あ!今度の週末、かあさんとの買い物はどうするんだっけ?!」と思ったりすることがあるんです。
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この一年間、何度か母が夢に出てきました。その姿は40代、50代の頃の母であり、その頃は病後で床に伏せがちだった筈のころの母である筈なのに、夢の中の母は、元気に一人で買い物にいって、楽しそうに笑っているのです。この夢から覚めると「夢か~~」と思うのですが、苦しかった筈の時期の母が嬉しそうにしている姿を見ることが出来て、これから朝が始まるというのに、目から涙が落ちておりました!!